昭和にも実在した介添女!童貞開きを補助するシステム!ちょっとHな都市伝説


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童貞開き

 

昔は童貞が夜の営みの作法を知るべく、奥様が手取り足取り教えてあげるという掟が存在していた!

そんなアダルトなビデオに収録されていそうな美味しい話が実際にあったのか!

今回はそんな胸アツな都市伝説!

 

 

 

 

嘘みたいな本当の話ですが、江戸時代などは介添女や介添女房という役回りがあり、若い夫婦と一緒に添い寝して夜の営みの方法を伝授することが一般的な慣習として存在していたようです。

江戸時代には「春画」なども流行り、そういったものが今で言うエロ本のような働きをしていた側面もあったようです。それにより「性」を知る・・・、みたいな。笑

 

 

は「大人」と見られる年齢が今の時代よりも早かったため、15歳程度で一人前の恋を楽しんでいたと言われています。

漫画「浮世艶草子」などの作品にも、武家の姫様が嫁入前に御指南役に春画などを使って想像を高めたり、介添女による夜の営みの補助などが描かれています。

確かに、夫婦の夜の営みに関してはいくら子供をもうけるためという理由があり、その仕組みを知っているだけでは到底辿り着くことのできない領域があります。

夫婦生活を楽しむという上では大きな役割を担うのは明らか。そのためにも「実技」をきちっと習得する目的が「介添女」にはあったのかもしれません。

 

 

こうした風潮は、意外にも結構最近である昭和初期くらいまでは割と一般的に存在したと言われており、いろんな書物に記録されています。

 

代表的なのが、「犯罪科学」昭和5年10月号に高倉薫と言う方が記した「童貞開きの伝習奇習」。

 

この中では瀬戸内海のある風習について触れています。その風習と言うのが、10代中盤の少年に対して、島内の30~40代のおば様が性行為の相手をしてくれ、しっかりと実技を教え込んでくれるというものです。

主導権は当然女性側にあり、女性からのアプローチによって事が進んでいきます。

 

 

こうした手ほどきは一夜限りのもので、その後に再選するということは通常はなかったそうですが、実際どうなんでしょうね。笑

慣習として根付いたものならば、おば様を送り出す主人側も、若い子を相手にするおば様側も、未練や嫉妬心などはなく、一つの「仕事」的なものとしてスルー出来るものなのでしょうか。

「童貞開き」によって大人の階段を上った少年は、男としての社会的なポジションを築けるようになったそうです。

 

 

 

今この風習があったら、賞賛を浴びるのでしょうか。ブーイングを受けるのでしょうか。笑

あったとしても選択制をとる形として変化していたかもしれませんね。

 

信じるか信じないかは、あなた次第。

 

 

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