オンム・セティの3000年の大恋愛!前世の記憶と輪廻転生!


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生まれ変わりによって3000年の恋を実らせた・・・なんて信じますか?笑

古代エジプトの時代と、現代を結び付けた輪廻転生の都市伝説。

 

 

 

 

 

 

今回紹介したいのは古代エジプトで生きていた記憶を持つある女性「オンム・セティ」に関する話です。といっても、古代エジプトに思いをはせる人は多く、その中でも自分自身の前世が古代エジプトに由来するということを語る人は数多く存在します。

そのため、今回紹介するオンム・セティという人物もデマか、異常に古代エジプトへ思いをはせる一人なのかと思ってしまいますが、この人はその経歴とエジプトへ捧げる情熱が並外れています。

 

 

まずは彼女が語る過去世についてお話ししします。

今から3300年前に亡くなったエジプト古代王朝のセティー1世と、その愛人ベントレシャイトの話・・・。

 

ベントレシャイトは野菜売りの母と兵士の乳を両親に持ち産まれてきました。貧しい生活だったようで、ベントレシャイトはやがて、神殿の巫女として仕えるようになりました。

そんなベントレシャイトが巫女として神につかていたある日、ファラオであるセティ一世が神殿建設の視察のためにアビュドスを訪れた際に、一目でベントレシャイトに恋に落ちました。

神殿の巫女として仕えるモノは、神に身を捧げる者。そのため、永遠の純潔を守らなければいけない決まりがありました。それは愛する人と添い遂げてはいけないと言うこと。

そのため、禁断の恋ではあったのですが、やがてベントレシャイトはお腹に子供を身ごもってしまうのです。

もしもセティとの恋仲が公になってしまうと、それはセティの立場を揺るがしてしまうような大問題に発展します。そこで、愛する人の名誉を守るため、ベントレシャイトは自害の道を選択したのです・・・。

このベントレシャイトがオンム・セティの過去世なのです。

 

be462947-sセティ1世のミイラ:http://livedoor.4.blogimg.jp/karapaia_zaeega/imgs/b/e/be462947-s.jpg引用

 

 

では、オンム・セティが体験した話を時系列でまとめていきます。

 

1904年

オンム・セティは1904年にイギリスに産まれました。オンム・セティというのは通称の名であり、本名はドロシー・イーディーといいます。

 

3歳

オンム・セティは3歳の頃に家のカイダンから転落します。すべての始まりはここからでした。生死をさまよったオンム・セティは医師にも助からないと宣告されていながらも奇跡的に生還を果たします。

そして、同時に果実のなった樹木がたくさんある庭と石の柱がたくさんある建物の情景がある夢を見るようになりました。オンム・セティはこの夢に出てくる場所を自分の故郷だと主張するようになります。

 

4歳

4歳になり大英博物館を訪れました。そこで運命的な出会いを果たします。それがエジプト展で展示されていたミイラ。このミイラを見て直感的に自分自身の仲間であると感じたオンム・セティは両親にそのような主張を続け、困惑させたと言われています。

そして、ある雑誌に掲載された古代エジプトのセティ1世の神殿を見ると、ここが自分の家だと主張するようになります。

 

10代

大英博物館でエジプトについて学び始めました。その物わかりの良さ、理解力の速さはエジプト学研究者をうならせるほどだったといいます。

また、転生問題を扱うグループにも参加するようになります。

そして、14歳のころにはセティ1世が彼女の枕元に出現するようになります。ある晩にはミイラの霊体として目の前のセティ1世が出現したこともあったそうです。

 

 

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27歳

27歳にオンム・セティは結婚を果たします。その相手はエジプト人。ついにエジプトでの暮らしが実現することとなりました。やがて子供を産みます。その名前は「セティ」。旦那さんの反対を押し切り「セティ」という名をつけました。

ここからセティの母・・・オンム・セティと呼ばれるようになります。

この時期にはセティ1世は50代男性のハンサムな姿で出現したそうです。セティの傍から見たら「奇行」に移るような行動はますます増え、旦那さんは悩みの種の一つだったようです。

旦那さんの父親が家に泊まりに来た際にはオンム・セティのベッドにファラオが座っているのを見たという証言まで出てきます。

 

 

結婚から3年後

旦那さんがイラクで教職に就いたことで別居が開始します。オンム・セティは息子と共にギザの大ピラミッドの側でテント生活をしたそうです。

 

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1952年

そしてついにオンム・セティはセティ1世の神殿があるアビュドスに訪れます。

なぜアビュドス訪問にここまで時間がかかってしまったのかというのは、セティが枕元に出現することによって厳格な決まりがエジプトの冥界「アメンティ」から課せられたためだとオンム・セティは証言しています。

その縛りがなくなり、念願かなってのアビュドス訪問となりました。

そして、ずっと発掘と記録の作業に明け暮れたと言われています。

 

setiI1セティⅠ世葬祭殿:http://www.yycafe.com/yyland/travel/egypt/img_setiI/setiI1.JPG引用

 

 

この人がすごいところは、幼いころから見続けたセティ1世の庭。階段から落ちて最初に見た情景ですね。それが本当に砂の名から発掘されたところです。オンム・セティの証言によって採掘が進められ、証言通りの場所に発見されたのです。

 

また、神殿の地下には秘密の文書庫があり、そこには貴重な文書があるという証言もしています。これはまだ発掘に乗り出した研究者がいないのですが、これが本当ならば古代エジプトの謎が大きく解明されるに至るかもしれません。

 

 

オンム・セティの過去世については、晩年に差し掛かってからは取材などをはじめ公言するようになりましたが、それまでは本当に信頼できるハニー・エル・ゼイニ氏にしか話さなかったと言われています。

 

ハニー・エル・ゼイニは後に「転生者オンム・セティと古代エジプトの謎―3000年前の記憶をもった考古学者がいた」と言う書籍を出版し、このオンム・セティと3000年の謎についてのエピソードを紹介しています。

 

3000年待ちわびたセティ1世と、過去の記憶を大切にし現世でもセティを愛し続けたオンム・セティ。

 

3000年続いた熱い恋は1981年のオンム・セティが亡くなるまで続いたのでしょう。

 

信じるか信じないかは、あなた次第。

 

 

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