マヤ人が宇宙人説!壁画はロケット?高度な天体観測技術の謎!


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にーんげん

 

マヤ人と宇宙とのつながりは、まことしやかに語られてきた一説です。

今回はそんな都市伝説の根拠となるようなものを紹介していきたいと思います。

 

 

 

 

宇宙人はマヤ人なのでしょうか?

マヤ人と宇宙とのつながりは長い間語られています。

それを匂わした壁画の絵などが現代も残されているためですね。古代のマヤ人たちは、どんな思いであの壁画を制作していたのでしょうか・・・。

マヤ人に関したは、宇宙だけではなく幻のムー大陸から派生した人類だという説も存在しています。

 

 

では、なぜそのような話が出てくるのでしょうか・・・。

実は古代に発達したマヤ文明は、他の文明とは一風違った点がいくつかあるのです。

どんな時代でも、発達した文明というのは、水場などが近くに存在し、金属を巧みに使用することで色んな技術を効率化し、車輪を上手く利用して荷物を運んだりするという点が似通っています。

と言うか、応した条件がなければ高い水準で文明が栄えるということはありえないとも言われています。

車輪に関しては土偶などの遺跡には残っています。つまり、その概念は知っているのにもかかわらず、自分たちの荷を運ぶような際にはそのシステムを利用しなかったと言われています。

 

マヤ文明にはこうした点が合致しないのにもかかわらず、なぜか栄えているのです。

こうした技術を使用していなくても、マヤ人は複座うな文字を使用し、数学を発展させて「ゼロの概念」を生み出し、正確な天体観測を行うことで太陽暦を作り、現代にも残るような素晴らしい壁画や美術品、アーチ式建築物などを残しました。

 

こうした文明がなぜ栄えたのかというのも非常に疑問が残る点ですが、もう一つの謎は、マヤ文明が急激に衰退したことです。

この原因となる説は諸説あるのですが、どの説も信憑性を欠き、衰退の原因は未だに謎に包まれています。

そんな神秘的なマヤ文明の宇宙人説・・・。見ていきましょう。

 

 

 

マヤ人宇宙人説

マヤ人は非常に正確な天体観測を行っていたことで有名です。

なぜ空を見つめ、それにそって生活を行い、天を見上げていたのでしょうか・・・。

マヤ人は二つの周期を暦として利用していたとされています。

一つはツォルキンと呼ばれるもので、宗教的な意味合いで利用される場合が多かったそうです。その周期は260。

もう一つは、ハアブと呼ばれる太陽暦。1年を20日を18カ月に分けた360日と、ワイエブ月と呼ばれる5日の月と組み合わせて1周期を365日に定めたものです。

主な暦はこの二つなのですが、何やら他にもたくさんの暦を巧みに使いこなして、いろんなものに適用して使用していたと考えられています。

一種の遊びのような感じで作成していたのかもしれませんね。それほど空を読むことに長けており、非常に知能が発達した人類であったと考えられます。

 

 

ここで面白い説を唱えているのがアメリカのウムランド兄弟。

上記で紹介したマヤの二つの暦。

一つは我々にも非常になじみの深い、365日で一周期をむかえる暦ですが、もう一方の暦は260日で周期を迎える暦です。上記に記載したように、宗教的な儀式に利用されていたという説が唱えられていますが、この周期一年を迎える惑星と言うのが推測ですが金星と地球の中間に位置する惑星であると見られています。

何を言いたいかわかりますか?

この惑星でもともと暮らしていた異星人が地球に舞い降りたのが、マヤ人と言うことなのです。その根拠としては、望遠鏡などの設備がない中で、ここまで正確な暦を作ることが出来るマヤ人が、何の根拠もないような暦を作るはずがないということです。

この仮説の中に存在する惑星は気候が温暖であると推測されるため、マヤ人が暮らした熱帯雨林という土地柄とも一致するのです。

そして、彼らは地球での暮らしを終え、自分たちの惑星に返って言ったため、消息を絶ったというのです。

確かに、奇妙なほどきれいに整った仮説と言えるかもしれません。

 

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ロケットに乗るマヤ人

そしてマヤ人が宇宙から来た民族なのでは?という説は、マヤ人が残した壁画からも読み取れます。

その壁画と言うのがこちら。

バレンケ

これはバレンケ遺跡に残された石棺のふたに当たる部分に描かれた絵です。おそらく、エジプトのピラミッドのように王家の墓としての機能を持っていたと見られている遺跡です。

この絵を良く見てみると、操縦レバーを握ったヘルメットをかぶった人物が、火を噴いた宇宙船のようなエンジンを搭載した機械に乗っているかのように見えるかと思います。

もともとは宗教的な儀式を行っている人物を描いたものと見られていましたが、こうした見方が広まってからは、都市伝説信者が騒ぎ立てています。

冷静に考えると、明らかに都市伝説でありロマンを感じたい人が騒ぎ立てているだけだと感じますが、見えるといえば確かに見える面白い絵ですよね。

実際のところは、ロケットの火のような部分は死者を飲み込もうとする怪物、ロケットの本体に見えた十字架のものは、マヤ人が「生命の樹」と読んだ図案、そして、ロケットの先端に描かれているのは麻耶の神話の主神、ケツァルコアトルです。

つまり、古代マヤ人たちの死生観を表現しているものと考えられています。

しかし、マヤ人と宇宙人のつながりを信じる人達の中では実しやかに囁かれているのです。

たしかに、当時ではありえないくらい発達したマヤ人の天体観測の技術ですが、現在の機械化が進んだものとはやはり劣ってしまうのは事実。

そして、マヤ人の文明の跡には機械的なものは見つかっていません。

ロケットを作成していた関係のものは全て宇宙に持って行ってしまったのでしょうか。

機械もなしに高度な天文学を確立したのは宇宙人と交信していたからでしょうか。突然の消滅は、高次元に飛び立ったという説もあります。謎が多いだけに、様々な憶測が飛び交っています。

信じるか信じないかは、あなた次第。

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