ジャックドモレーの死の呪い!呪いにまつわる都市伝説!


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呪い

「呪い」という存在そのものを信じていますか?

幽霊と並び、その存在に否定的な人が多くいるかと思いますが、今回紹介するのはそんな都市伝説・・・。

死んでもなおその怨念が現世に影響を与えるというお話。

 

 

 

 

 

 

ジャック・ド・モレ―

ジャック

 

ジャック・ド・モレ―はテンプル騎士団の最期の総長として知られています。

テンプル騎士団はおそらく一回はその名を聞いたことがあると思います。

何をした集団かというと、主にキリスト教信者がエルサレムに巡礼する際の護衛をした集団。

設立は1119年であり、その存在はエルサレム王国の陥落が起きた1291年の後も続き、その集団の目的は変化していき、皮肉なことにテンプル騎士団の名を有名にしたのは目的が変わっていった後のことです。

設立当初の目的失ってから何を行っていたのかと言うと、それが今で言う銀行のような役割を担っていたのです。その役割は次第にどんどん大きくなり、しまいには王政などの財産も預かるようになり、国をも超える財力を保持するようになってくのです。

 

 

異端として処刑

その莫大な財政をうらやんだのかどうかはわかりませんが、当時フランスの王であったフィリップ4世によってジャック・ド・モレ―はじめテンプル騎士団は「異端である」という理由から取締りがなされるようになりました。

その際に、帳簿のほとんどが行方不明になってしまったようで、財産の関係性がどのようにテンプル騎士団と王政間で行われていたのかは今でもよくわかっていないそうです。

行方がわからなくなったことから王政側がうやむやにしようとしたという説が多く唱えられています。

そしてテンプル騎士団の上層幹部は口封じのため処刑が行われました。

フランス王フィリップ4世により、異端であるというおそらく濡れ衣である罪を着せられ、マリニー大司教という王政の息のかかった者による裁判によって裁かれ、それでもなお拷問によって捻じ曲げられた自白とねつ造された裁判を訴え続けたジャック・ド・モレ―は火あぶりの刑に処されてしまうのです。

 

 

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ジャックドモレーの呪い

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その火あぶりの刑の際にジャック・ド・モレ―が叫び続けたのが自分たちの潔白。そしてこのような濡れ衣を着せさせて自分たちを処刑に追い込んだ者たちへの呪いの言葉でした。

「神の法廷に引きずり出してやる!」

「俺とともにローマ教皇もフランス王も地獄に連れていってやる!」

 

 

その呪いの言葉としては様々な説が飛び交っていますが・・・その結果、フィリップ4世は狩りの最中に脳梗塞で倒れ、数週間後に生誕地のフォンテーヌブロー宮殿で世を去ったと言われています。

また裁判を執り行ったマリニー大司教は汚職がばれて、絞首刑と言う末路をたどったのです。

最初はジャック・ド・モレ―を始めテンプル騎士団を救おうとしていたもののあきらめてしまった教皇クレメンス5世はジャック・ド・モレ―の死後、病気ですぐに亡くなっているのです。

 

この事件にかかわったとされる重要な人物たちの相次いでの死。

 

それによってジャック・ド・モレ―の呪いとして後世にまで語り継がれているのです。

 

しかし、記録としてジャック・ド・モレ―がこのような言葉を発したというものはなく、デマであるという説もあります。

事実として政府側の意向によって弾圧が行われ、財産が奪われ、処刑され、そして関わった者の死がその処刑のすぐ後に相次いで起こったということはあります。

そのため、後付で語られるようになった話なのではないかと言う見方がなされているのですね。

 

事件のいきさつ的に、関わった者への復讐のような言葉を発しながら死んでいく状況と言うのは容易に想像できるため、もしかしたらそうした発言があり、怨念めいた想いが関係者の死を引き起こしたのかもしれません。

信じるか信じないかは、あなた次第。

 

 

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