サンタの都市伝説!コカ・コーラが現在のサンタ像を作った?
コカ・コーラとサンタクロースの関係性をご存知でしたでしょうか?
実はサンタクロースのイメージを強くしたのは、コカ・コーラが発祥だという都市伝説が存在しているのです。
コカ・コーラに関しては昔からその都市伝説が語られていますよね。
今回は、「サンタクロースの定番の格好を広めたのはコカ・コーラである」という都市伝説です。
サンタクロースとコカ・コーラの関係
実は本来、サンタクロースは緑の服を着ていたのです。今でこそそんなイメージは全くありませんよね。
なぜ、そんなイメージがないのかと言うと1931年にコカ・コーラが宣伝看板に赤と白の服を着用した現在のサンタクロースを起用し、それによって今のサンタクロースのイメージが定着したのです。
コカ・コーラの影響力はやはり凄まじいということがわかりますね。
では、コカ・コーラのサンタを起用した宣伝と現在の赤と白の服を着たサンタの一般認知はどっちが早かったか比較してみて、この都市伝説の真相を検証してみましょう。
「赤い服のサンタさん」像を最初に確立したのは、諸説ありますが、アメリカの風刺画家トーマス・ナストさんと思われます。
1890年に出版されたナストさんの画集は、初めてイラストがカラー化されたものだったのですがサンタの服は赤く表現されています。
仮に、サンタのカラーが赤というのを提案したのがナストさんではなかったとしても、1890年にはすでに赤いカラーが定着していたということです。
司教が着る司教服は古来赤なので、サンタクロースのモデルと考えられる聖ニコラウスも赤い司教服を着ていたと考えられているため、赤いカラーで表現されているのだと思われています。
ということで、コカコーラが作製した広告よりも先にサンタクロースの衣装は赤というのは確立していたことになります。
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そして、もう一つ。
日本でのサンタのイメージからもこれは言えます。
1914年頃には日本でもほぼ現在と同じ姿のサンタが数多く描かれるようになっていました。
日本でも最初のコカ・コーラ輸入は1914年頃でしたが、販売が開始した当初は日本人には「薬臭い」という感想が多く、間もなく販売中止となり、再度日本に上陸したのは戦後の1949年になってからでした。
そのため、コカ・コーラがサンタを広告で起用しだして、それが日本に入ってきたのは1949年以降と考えられます。
日本を基準に考えても時間軸的に、コカ・コーラ発信のサンタは後手に回ります。
しかし!
「サンタは赤と白」というイメージを根強くしたのは
コカ・コーラの宣伝あったればこそと考えられているのも事実なんです。
サンタのイメージの発信元ではないのですが、全世界でバラバラだったサンタクロースのイメージを統一したのがコカ・コーラのキャンペーン広告の功績であるとコカ・コーラ社の商業サイトでも宣伝しているため、信憑性のあることかと思います。
それまで聖人ということで一般人と壁のあったサンタ像を人間味あふれるキャラクターにし、近い存在へと変化させた功績もあります。
サンドブロムという人物がコカ・コーラの広告を描いたとされており、この人が描いたサンタが非常に陽気で楽しそうな雰囲気を醸し出しており、頬に赤みがあって笑じわがある親しみやすいサンタ像を描いたのです。
このサンタは友人をモデルにしたと言われており、友人の愛嬌のある陽気なしわくちゃ顔が、親しみやすサンタ像を作り上げたのかもしれません。
コカ・コーラの広告にサンタが初登場したのが1931年。これを機に、世界的にサンタは赤と白がトレードマークと言う風潮が一気に広がり、今ではそれ以外のカラーは考えられないほど根強く定着しています。
まとめると、サンタが赤と白のイメージカラーを持つという「サンタ像」を発信したのはコカ・コーラではありませんが、現在われわれが思い描く「サンタ像」を世界共通のもとして認識させたのがコカ・コーラということです。
大手企業の情報発信はそれが当たり前のように定着してしまうため、恐ろしい一面を持っていますね。