キリスト聖骸布の謎!現代科学では再現不可能?


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聖骸布

まさに時代を変えた存在として現代もなお言い伝えられる存在であるイエス・キリスト。

その遺体を来るんだとされる「布」が現代にも伝えられているのですが、それが明らかに過去では存在できないような技術によってものだと考えられています。

これもまたキリストの奇跡の賜物なのか・・・。

 

 

 

 

 

 

イエス・キリストの話と言うのはこのサイトでもたくさん触れてきました。

 

イエス・キリストの聖母に当たるマリア様に関しても通常では考えられないような話がたくさん存在します。

その中でも、「奇跡」ではないのかもしれませんが、2000年以上も代々伝えられてきたイエス・キリストの遺体を包んだとされる「布」が存在するのです。記録上蘇ったとされているイエス・キリストですが、最初に処刑をされた後に数十時間くるまれた布と言われています。

この「布」が起こした奇跡はないのですが、この「布」には現代科学をもってしても解明できない謎が存在しているというのは事実です。

縦4.36メートル、横1.1メートルの布。

今回はそんな聖骸布にまつわるお話です。

 

 

聖骸布は定期的に公開がされています。2015年にもネット上で応募がかけられ、4月19日にイタリア・トリノの大聖堂で一般公開がされています。予約をかけたところ100万人がすぐに集まったそうです。

この「聖骸布」。2000年も受け継がれたというのならば、さぞかしたいそうな敵視が存在すると思いますよね。

しかし、その歴史は意外に浅いのです。

というのも、歴史上「聖骸布」として記録に残っているのは1353年が最初。フランスの貴族が所有していることがわかり、聖骸布はフランスのリレの境界に預けられました。その後の足取りは、1464年にフランスのサヴォイ公爵家に渡り、1532年には保管してた教会が火事に見舞われ、現在はトリノ大聖堂にて保管されています。

火災には何度か見舞われているという記録があり、その際には修繕をされながら今に至っています。

 

 

聖骸布の謎

この聖骸布の何が謎かというのは・・・1898年にこの聖骸布を写真撮影したセコンド・ピア氏のネガにことを発します。

ただ単に布が長年に渡って受け継がれてきたのならば、それはただの布とあまり価値は変わりないかもしれません。しかし、この布を写真撮影したネガには布に刷り込まれた男性の像が浮かび上がってきたのです。

そして、その男性の像と言うのが、奇妙なほどにイエス・キリストの姿に重なるのです。

 

seigaihuhttp://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/7294/sigo_7.jpg引用

 

 

イエス・キリストとの一致点

イエス・キリストとの奇妙過ぎるほど一致する点と言うのは以下のようなものがあります。

 

何度も殴られたイエス・キリストの顔

聖骸布の男性の顔を見てみると、以下のような特徴が存在すると言われています。

聖骸布

 

こうした傷は詳細までの記録はありませんが聖書をはじめとしたイエス・キリストの処刑の際の様子から多くの傷が顔に残されていることはわかっており、布に映し出されたネガからそれを読み解くことができます。

 

 

背中の擦り傷

イエス・キリストは重たい十字架を背負って運んだとされています。

ネガを見てみると右肩には縦10cm、横8.7cmの黒ずみ部分が確認でき、左の肩甲骨には直径が12.5cmの黒ずみ部分が確認できます。

このような「擦れた」ような傷跡は、何か重たいものを担いでおり、それが何度も背中とこすれてできたものであることが推察できます。

 

 

釘の後

イエス・キリストが十字架に張り付けられたさいに、手首にくぎが刺されたという記録があります。

ネガに映し出された男性も手首に同様の傷が確認でき、またある医師が調査を行ったところ、手くくぎを刺すと手首の骨の隙間を押し広げてとおり、神経の損傷により親指が内側に曲がってしまうという結果を出したのですが、ネガの男性も親指が隠されており、釘によって曲がってしまうということと一致します。

 

 

脇腹の傷

イエス・キリストは死んだ後に、本当に死んだのか確認するために脇腹に槍が突き刺されたという記録があります。この槍はロンギヌスの槍と呼ばれ、聖骸布ともどもイエス・キリストにまつわるものとして後世に語られているアイテムのひとつです。

この槍で傷をつけられたと思われるものが、聖骸布の男性にも存在します。右脇に楕円状の傷があるんですね。

 

 

エルサレムとの一致

イエス・キリストの遺体をくるめた布としての根拠としては、布の膝のあたり付着した土がエルサレムに多い土であることが判明したり、聖骸布に付着した花粉は49種類のものがあると確認されていますが、その中でも13種類の花粉についてエルサレムのある死海周辺にしか生えていない植物の花粉であるという調査結果が出ています。

こうした事実は、後からでも付着させることができる可能性はありますが、エルサレムにあった布である可能性は高くなります。

 

img_1http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-22-41/kyo910yagi/folder/686565/43/58935543/img_1?20100716154605引用

 

 

最大の謎

こうした一致する部分が多くあるというのは理解できますよね。しかし、これは聖書にて伝えられているイエス・キリストの像にあまりにも似ています。

そのため、後世の熱狂的新じゃが作り上げたモノである可能性は当然考えられますよね。

しかし、そこに聖骸布の最大の謎が存在します。

 

その謎と言うのが、この聖骸布を現代の技術を使用しても作り上げることができないという点です。

聖骸布には、血がしみ込んでいるのですが、この血痕は布の裏側までしみ込んでいます。しかし、それとは裏腹に、布に形作られている人型の像は布のごく表面にしかしみ込んでいないのです。

 

布の厚さは0.3m。

何かの塗料で塗ったならば、それは裏までしみ込んでいなければ説明がつかないのです。血痕がいい例ですね。

 

そこで調査を勧めたところ、布に出現した男性の像は描かれたものというよりも、布自体が腐食していたんでしまったためにできたものであるようなのです。

現代において、遺体に播かれたアロエとミリル(植物)の混合物が布と接触した皮膚から発生したアンモニアの揮発物とともにリネン布にネガ状に焼き付いたのでは・・・と言う説なども語られているのですが、完璧に聖骸布と同様に写し出すという手法はないのです。

 

ただ単に誰もが行える手法でしみ込んだものが、イエス・キリストの特徴を持った男性の像を作り上げているのならば、それは後世によって偽造されたものだと断定されるに十分な理由の一つになります。

しかし、聖骸布のすごいところは、人の手によってつくることのできないものであるためなのです。

 

いやー魅力的。笑

現代において、色んな説や調査がされていますので、そちらもご紹介します。

 

 

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放射性炭素年代測定(炭素14法年代測定)

これは炭素14と言う中性子によってその布ができた年代を測定するというものです。

調査を行ったのは、オックスフォード大学、アリゾナ大学、スイス連邦工科大学の3機関です。

その調査の結果、この布は1260~1390年に制作された布であることが判明しました。

これにより、聖骸布が嘘であるという情報が出回ったのですが、この説が一変します。

 

一変した理由は、2005年にアメリカのロスアラモス国立研究所の研究者の調査によるものでした。この調査によって、一回目で調査された布の箇所には「バニリン」という物質が含まれており、その物質が含まれている場所は火災によって補修された箇所であることが判明しました。

そこでバニリンが含まれていない箇所に対して調査が行われたところ、どうも1300年から3000年前の布なのではないかということがわかったのです。

この調査によって分かった年代の事実と一致するようなものと、一致しないようなものがあるので、そちらも紹介します。

 

 

一致する調査

一致する調査として、1977年アメリカの科学者チームによる聖骸布のネガを三次元化する調査が上げられます。

その調査では二次元体のネガからはわからなかったことが発覚しました。それは聖骸布に映し出された人物のまぶたに円形の物体が置かれていたというものです。

これは死者のまぶたに硬貨をのせるという紀元前29年頃からの慣習に一致するのです。そのため、聖骸布の遺体もその年代のものなのではないか・・・と考えられるのですね。

 

 

一致しない調査

一致しない調査として上げられるのは、イスラエルのエルサレムで発見された西暦1~50年頃の布に由来します。

この西暦1~50年頃の布と見られるものと聖骸布の布の作りがあまりにも違うのです。洞窟墓の中から発見された西暦1~50年頃の布は単純な織り方の亜麻布と毛織物を継ぎはぎしたものであるのに対して、聖骸布はおり方が複雑なあや織りが施されているのです。

そのため、同時代のものとは考えにくいということなのですね。

 

 

ダヴィンチ説

そして、一時語られた都市伝説が、この聖骸布は天才画家のダヴィンチによって描かれたものではないかと言うものです。

人の技とは考えられないために、人の技とは考えられないようなことを成し遂げることができる可能性のある人物として浮上したのです。

ダヴィンチは、写真が存在しない時代においてネガなどの仕組みを解明したような図や構想などをしていたという記録も存在しており、人ならざる技が可能である数少ない人物かもしれません。

しかし、聖骸布にネガとして焼き付けたものが偶然撮影された写真から判明したなどの事実もありますし、だれかが創作したものであるという説は信憑性が低いものであると考えられています。

 

 

 

ジャック・ド・モレ―説

これは「やりすぎ都市伝説」にてMr都市伝説である関さんが語ったものです。

ジャック・ド・モレ―は以下のような記事を参考にしていただきたいのですが

キリストの子孫をかくまっていたと一部で噂されているテンプル騎士団の最後の総長です。このテンプル騎士団が後のフリーメーソンに繋がっており、それゆえにフリーメーソンはイエス・キリストの子孫をかくまっているという陰謀説に繋がったりもしますが、このジャック・ド・モレ―の遺体を包んだものが聖骸布であるという説です。

これは一回目の放射性炭素年代測定で判明した年代とジャック・ド・モレ―が亡くなった年代が一致していたために浮上した説です。

また、外見もひげを生やしており、イエス・キリストに似ている・・・というか聖骸布のネガに映し出された人物と似ている点があるのです。

 

しかし、ジャック・ド・モレ―は火あぶりの刑によって亡くなったとされていますし、非常に信憑性は低いと言わざるを得ないかもしれません。

それならば、イエス・キリストによる現代でもなしえないような「奇跡」によって布にその遺体の像がくっきり残ったという方が納得できます。

 

 

この布の真相は・・・。

後世の発達した科学技術が解明してくれるかもしれません。

信じるか信じないかは、あなた次第。

 

 

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