死の案内人事件!三原山火口で自殺する友人を見届けた本当にあった怖い話


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案内人

 

「死の案内人事件」っていうタイトル・・・謎が多すぎて興味がわきますよね。

しかし、実際に起こったこの話は、少々悲しいお話であり、その真相は当人たちにしかわからないものになっています。

今回は過去に実際に起きたお話を紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物の主要人物は亡くなっているのですが、実名は伏せて記述していきます。知りたい方は検索していただけると簡単に知ることができますので。実名でないのは、似ている名前の人が出てきてややこしくなってしまうという理由もあります。ご了承ください。

 

事件が起きたのは1933年2月。

ある専門学校で国文科を先行していた女性がいました。彼女は高橋清子(仮名)と言う名前で、21歳を迎えた1932年に友人20名ほどと共に三原山へ旅行に行き、その自然に見せられました。

高橋は感覚が人と違った面が多々ある女性でした。

万葉集や金塊集を愛読し、潔癖主義者で結婚を嫌い、身内である87歳の祖母が足腰が立たなくなっていく様子を見るのが嫌であり、そのため祖母と顔を合わす朝食は家ではとらないという徹底ぶりでした。

中でも極めて変わっているところは「19歳になったら死ぬ」と家族に公言し続けていたこと。それは、老化していくことを嫌い、結婚も望まない、文学的な少女にとっては至極普通の感情だったのかもしれません。

 

 

この高橋には兄同士も親友であり、非常に仲の良い豊田秀子(仮名)という親友がいました。高橋は昔から何でも豊田に相談しており、当然「19歳になったら死ぬ」という願望も伝えており、自分の最後を見届けてほしいとずっと懇願し続けていました。

 

1933年2月7日、豊田は高橋がついに死ぬ覚悟を決めた様子であること悟り、共通の友人である岡村佳代子(仮名)の家をたずねました。母親がいない高橋は岡村の母を非常に慕っていたのです。そこで豊田は岡村の母に「高橋がいよいよ死ぬ気かもしれない。どうぞ叔母さんから死を思いとどまらせてほしい。」という旨の内容を伝えました。

あまりにも豊田が真剣に言っていることに気づいた岡村母は家にやってきた高橋に対して説得を行いましたが、高橋は非常に明るい様子で笑っていたそうです。

岡村の娘も心配に思い、高橋を散歩に連れ出し、芝居見物の約束をしましたが、それはかなわないものになってしまいました。

 

 

1933年2月11日、高橋は渋谷区中通りの下宿に住んでいる豊田の元を訪ね、自分の最期を見届けてほしいということを伝えました。一時期は説得を試みようとした豊田でしたが、以前から言っていたことをついに実行するときが来たかと心を決め、承諾。二人は東京湾汽船菊丸に乗って大島へと向かいました。

そして豊田は高橋が三原山の火口へ身をなげるのを見届けたのです。

 

 

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高橋の遺書は2通ありました。豊田宛てと岡村母宛て。

岡村の母に宛てた手紙には、「自分を説得してくれてありがとう」という感謝の気持ちと、「その思いを裏切ってしまって申し訳ない」という謝罪の思いが書かれていました。

岡村の娘は親友が亡くなったということを聞き、約束を果たすことができなくなったのをなげきました。「自分の死体は人の前にさらしたくないと言っていた」と高橋について語ったという記録が残っています。

こうして「一般的な」感覚とは一風変わった感覚を持った高橋を見届けた豊田。

 

 

しかし、ここで高橋を見届けた約一か月前の1月8日にも豊田は友人である三木小夜子(仮名)が三原山の火口へ身をなげるのを見届けたという事実が発覚するのです。

 

世間は一風変わった高橋よりも、二人の友人が身をなげるのを見届けた豊田秀子なる人物に注目をそそぎました。「死の立ち合い人」とも呼ばれ「変質者」「狂人」ということまで言われてしまうようになります。

 

そのような世間の風当たりから部屋で寝込むようになり、豊田は4月29日に埼玉の実家で変死をとげる結末を迎えます。この死の原因としては持病が悪化したのか、世間の批判に精神を病んでしまったのか・・・謎と言われています。

 

そして同時に高橋の死の真相、三木の死の真相、そしてどうして二人の友人の自殺現場に立ち会ったのかということは、永遠の謎となりました。

 

 

この事件は非常にセンセーショナルであり、多くの場面で報道されました。その結果、三原山には「自殺の名所」の名がつけられ、この年だけで944人(男性804人、女性140人)が三原山の火口へ身をなげたといわれています。

この事件は後に小説家高橋たか子氏によって作品化されています。「誘惑者」と言うタイトルですね。

そこでは上記のように奇妙な関係の登場人物が描かれており、死にたがる者、死ねなかった者、生きていたくないと思っている者などが奇妙な交錯を経て、「死」と言う概念を通じた「磁場」という表現でこの物語を描いています。

 

 

 

以上が「死の案内人」の事件。

 

友人が実際に身をなげる現場と言うのはどんな心情で見送るものなのでしょうか。行きは二人だったのに、帰りは一人と言う心境はどんなものなのか。

想像もできませんが、これは嘘のような本当の話。

 

 

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